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 有限会社ファッションしらいしさんをお訪ねしました。 丸ノ内線の新高円寺駅、出口の階段をトントントンと上がると、ビューンビューン車が行きかう青梅街道です。青梅街道を横切ってしばらく歩くと先ほどの喧騒がうそのように、静かな住宅街です。

こんなところに縫製工場があるのかしら、とちょっと不安になりながら住所をたどると・・・・・ありました。ありました。静かな杉並の住宅街の中で、こぢんまりとしたマンションのような外観の建物が、ファッション白石さんの工場です。
実をいうと、縫製工場さんを訪問するのはキイヤこれが初めてです。白石社長にお出迎えしていただき、工場内を見学させていただきました。

 

 

社屋の外側からはちょっと、想像できない、一歩工場の中に入るとそこはしっかり縫製工場です。30人ほどの人たちを4人一組でグループを作り、それぞれのレベルを均質にしながら生産性をおのずと高める仕組みにしているそうです。グループごとの作業のレベルに差が出てきたら、グループを再編成して活性化させていく、その繰り返しだということでした。小さな箱のなかに、機械と人がぎっちり詰まっている感じです。30名中、要所に若い男性が5名ほど働いています。白石社長のお話によると、働いている人たちは全員、学卒で入社し、そこから、ここ、ファッションしらいしのみんなで鍛えて一人前にしていくのだそうです。

ファッションしらいしさんは、高品質な製品を作り上げることで有名な縫製工場さんです。とても繊細な作業が進んでいるようで、ミシンの音がガーガーなったり、物音があちこちでするような激しい動きはありません。とても静かです。けれども動いている感じ、良い感じの緊張感が感じられる工場です。
2階は、いろいろな試験を行い、研究や、分析をしてデータを採る部所です。CADもこちらに据えられています。左は手縫い風にステッチがかけられる特殊なミシンです。下の右は色々なボタンホールを縫うミシンで作ったサンプルです。とても高価なミシンだそうです。


1階に降りてきてすぐのお部屋は、メーカーから送られてきたパターンをチェックして量産するための準備をするところのようです。ここから、裁断、ミシン、アイロン、仕上げと流れていきます。

ここで、素朴すぎる疑問を発してしまいました。
「縫製工場さんにもパターンナーさんはいらっしゃるのですか?」

なぜかというと、目の前の人の仕事がパターンナーさんの仕事のように思えたからなのですが。
ボディメーカーは、普段、パターンナーさんにボディを売る仕事をしているので、つい口に出てしまった質問でした。

すると、白石社長さんのやさしい授業が始まりました。

<白石社長の授業PART 

服は、企画、設計、製造、販売、と、まあそんなプロセスで市場にでるんだけどね、・・・日本のアパレルメーカーはね、問屋機能(販売)とパターン(設計)の主導権を持っている。最初はね、企画、設計、製造はくっ付いていたのだけどね、アパレル産業が大きくなるにつれて、企画と設計、はアパレルメーカーが採って、製造だけが縫製工場に残った。諸外国、特にイタリアなどには、設計ができる工場が多いのですよ。工場にはモデリスタというスペシャリストがいて、企画と製造を橋渡しするのです。考えてみてください、アパレルメーカーの企画、設計と流れてきたパターンは、一つを作る理論で設計されたパターンでしょ。その製品を100着作る理論とはまったく別物なわけね。製造の理論と設計の理論を融合するのが難しいのだよね。一つの部屋で一緒に働いていれば、ああでもない、こうでもないって次第に理解できていくのにね。縫ったことのないパターンナーさんも多いのですよ。工場にとっても、一回失ってしまったプロセスや理論を再び得ようとするのは大変なことですよね。

東京23区内に縫製工場が1000社もあった時代・・・・

お話は少し遡って、白石社長がこの工場を立ち上げたとき、東京23区内に縫製工場は1000社をくだらない数有ったそうです。今は20人以上の規模を持つ工場は、5本の指に足らないくらいしか残っていないとのことです。
どうしてそうなってしまったのですか?

<白石社長の授業PART◆

アパレルメーカーさんはね、自分で企画した製品の価格を自分で決定することができるんです。でもね、縫製工場は加工賃を自分で仕切れない工場が多い。自分たちの仕事の見積もりができてはじめて、正当な仕事になるでしょ。安く、安くやらねばということが製造業にはつきまとうのですよ。安くやることだけにこだわってしまうと、ここでは(東京 杉並)できなくなる、日本ではできなくなる、中国へ、ベトナムへ、バングラディシュへ・・・となるわけ。
 

<ファッションしらいしの進む道>

そこで、白石さんは、加工賃だけの縫製業ではなく、モノウリ(物売り)、つまり自社企画で既製服の製品を売ることを目指し始めます。生地を買ってサンプルを作り、写真を撮って、ポートフォリオを作って百貨店に持ち込む。提案型の縫製工場をイメージしたわけです。2003年の5月にはひょんなことから、ニューヨークの展示会に出品したところ高い評価を得られて受注が来たそうです。アメリカ人体型のイメージが無かったので、アメリカのボディメーカー、ウルフフォームカンパニーのボディを購入したそうです。
その後、日本国内の百貨店にむけて、地道な提案を継続して行います。何度も何度も粘り強く交渉していて、ある日、とうとう、百貨店さんに「御社の好きなもの作ってあげましょうか?」と提案したそうです。「ほんとうに?作ってくれるの?」百貨店さんは、白石さんの技術の高さ、ものづくりの確かさを十分知っていたのですね。それを自分たちの企画に活かすことができるのだから渡りに船の提案だったのです。
縫製工場の社長としての自分の仕事は、社員のみんなに十分な仕事をとってくること、ちょっと先を見ることができる環境を作ること。ここでの仕事にプラスしてニューヨークで仕事を採ってこよう、と思い立ったときも一生懸命そういう空気を社内に作ったわけですね。みんな最初は、ぎょっとして、ニューヨーク!?という感じね。でも、まじめに繰り返しみんなに刷り込んでいくとなんとなくみんなで、そんな気持ちになってくるんだよね。
そうして、白石社長は自分たちの仕事の進む道を決断します。自社企画で服を作って売る−モノウリは商業だ。畑違いのところで右往左往するよりは得意分野に力を集中させよう、と、自分たちは、工業で生きている。ものづくりが専門。自信を持って自分たちの技術でアメリカに打って出よう・・と。
そして、白石社長はニューヨークのガーメントディストリクト(衣服産業地域)で再び、提案活動を再開します。自分たちが作った製品の丁寧で美しい仕上がりと、それを実現できる技術力を全面に押し出した営業。(こちらでyuka&alphaさんの中村さんがNYのガーメントディストリクトの説明をしています。ユカ&アルファさんのブログに移動します。
最初は、NYコレクションのサンプルを作らせてもらいながらファッションしらいしの技術力を知ってもらうところからはじめ、ついに、2009年、ニューヨークコレクションの若手の有力なデザイナーが、プレタポルテの量産品を発注してくれました。量産品を日本の杉並の高円寺の工場に引っ張ってくるところまでこぎつけるまで、3年ほどかかったそうです。ガーメントディストリクトには現在、多くのアパレルブランドそして大小合わせて200社を超える縫製工場が集まっていますそのエリアでニューヨークのアパレル業界の技術面を仕切っているのはイタリア人。白石社長が彼らと付き合い、彼らのものづくりを体感してわかったこと、それは、自分たち、日本人の仕事のほうが数倍丁寧できれい。それなのに、イタリア人たちが作る服は、仕事が雑なところも平気なくせになぜか服の性能は、日本製よりもずっと良いということ。
まだまだ多くの課題はあるそうですが、現在ニューヨークのブルックリンに<ファッションしらいし>の拠点を作り、奮闘が続くようです。

普段の白石社長は・・・、新宿の百貨店さんの編集売り場にある白石製品ブランド(nouvconfiniヌーヴコンフィニ)が、お客様にお買い上げされるとお直しが入る、それを受け取りに丸の内線に乗って受け取りに行き、お直しができたらまた電車に乗ってお届けに行く。ここで、白石社長ならではの戦略があるのです。ファッションしらいし製品はどれも10万円をくだらない高級既製服、ラックの中からお客様の選択肢に入れてもらうには、まず、売り場の販売員の人に白石製品を知ってもらって進めてもらわなければならない。だから、社長がみずから、たとえ一着でもお届けする。そして売り場の人と良い関係を作る努力を怠らない。結局、ものづくりはよい人づくり、人と人との関係づくりですからね。
そう言って、ニッコリ記念撮影、向かって右が「ヨーロッパサイズボディspur36,」
ジャケットを着用しているのが、アミコファッションズ「ドレスフォームmiss10」.。

ファッションしらいしで唯一の営業マンは白石社長一人です。
上海、ニューヨーク、東京と世界を跨ぎ、コツコツと地道な営業を行い、社員の力を結集した技術力で、グローバルなビジネスを実現している縫製工場さんの仕事場風景のご報告でした。

編集後記

初めて縫製工場を訪ねて、初めて知ることが多かった。普段はアパレルメーカーさんのパターンナーさんとボディを交えていろいろお話しすることが多い。縫製工場さんでもボディの役割は重要である、が、使われ方はメーカーさんとは異なる。ぼでぃ屋は、服がドレーピングとパターンメーキングだけで作られると思っている、しかし、それは大きなまちがい、特に、ファッションしらいしさんの主力製品のように、高級品や年齢層の高いところを狙う製品は、工場のなかで、アイロンをはじめ、パターンだけでは表せない、数々のテクを駆使して作られる。白石社長のお話しの中で、1つを作る理論と100を作る理論は、全く別物、別物の理論を工場のなかで融合するのはとても難しい・・・ということは、この業界の大きな課題なのだろう。ものづくりは人づくり、人と人の関係づくり、という事をキイヤのみんなにも伝えよう。
アメリカからのお客様との打ち合わせ時間が迫っている中、心よく私たちの見学を迎えていただき、ありがとうございました。

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